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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)10669号 判決 1971年2月24日

原告 小沼政治

右訴訟代理人弁護士 黒田隆雄

同 大屋勇造

被告 東急日産販売株式会社

右代表者代表取締役 柏村毅

右訴訟代理人弁護士 佐々木正義

同 真木幸夫

被告 東京日産自動車販売株式会社

右代表者代表取締役 中島亮

右訴訟代理人弁護士 山口幸三

主文

被告らは原告に対し各自弐拾万円およびこれに対する昭和四拾弐年拾月拾日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分しその参を原告の、その余を被告らの負担とする。

本判決第壱項は仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、原告が昭和三九年一二月上旬被告東京から四ドア付を代金六四万円で買い受け、昭和四〇年一月二一日同被告あて右代金の一部の支払いのため、原告主張の約束手形三〇通を振出し交付したことは争いがない。

二、≪証拠省略≫によれば、小池葉子は昭和四一年六月中被告東急からワゴンを七〇万円で買い受ける旨、原告はその保有の右四ドア付を、小池はその保有の二ドア付を下取車として提供する旨約し、原告は小池の右代金債務につき連帯保証をしたこと、被告東急は同月中に小池にワゴンを納入する旨、かつ右四ドア付下取車の割賦代金支払いのため原告が振り出した右約束手形中同年七月以後に満期の到来するものにつき、原告に代って毎月満期の前日までに被告東京にその手形金を支払う旨約したこと(以上の事実のうち売買の時期および手形金支払いの約束を除くその余の事実は被告東急の認めるところである。)、被告東急は右下取車中二ドア付の引渡を受けたが、ワゴンを約定期日に納入しないまま、同年七月三〇日に至り小池および原告と自動車売買契約書を作成し、同年八月上旬小池にワゴンを納入し(納入は被告東急の認めるところである。)、原告から右四ドア付を受取り、原告がその割賦代金支払いのため振出した約束手形中同月以後に満期の到来するものすべての手形金を同月一八日被告東京に支払ったことを認めるに足り、右各証拠中右認定に反する部分は採用しない。

三、被告東京が株式会社住友銀行東京支店あて金額一七、七〇〇円、同年七月三〇日満期の右約束手形の取立委任をし、同支店は同日(土曜日)東京手形交換所にこれを持出し呈示したが、不渡となったこと、被告東急が同年八月一日(月曜日)被告東京に対しその本社金融二課において右約束手形金として、一七、七〇〇円を持参支払ったことは争いがない。

被告東急は右支払いは全くの好意による措置であって合意にもとづく義務の履行ではないと主張するが前記の事実関係に照らし、右主張は採用できない。

≪証拠省略≫によれば、原告は当時右不渡のため東京手形交換所から取引停止処分を受けたことが認められる。

四、被告東急の右支払いは履行期に遅れたから、右履行遅滞により原告は取引停止処分を受けたというべきである。

五、東京手形交換所交換規則およびこれにもとづく同交換所の取扱いによれば、手形が不渡となったとき支払銀行は持出銀行に即日手形を返還すること、その場合の措置に二つあり、その一として持出銀行は不渡理由が支払義務者の信用に関しない場合を除き、交換日(呈示日)の翌々日営業時限までに右交換所に手形不渡届を提出すべきであり、右交換所はその翌日にその旨を加盟金融機関に通知すべく、届出銀行は交換日から起算して営業日五日目営業時限までに取消届を提出でき、右交換所は右時限までに取消届の提出がなければ取引停止処分をすることと定められ、その二として預金不足、資金不足、取引解約後、当座取引なし及び取引なしとの理由により不渡となった手形について関係銀行の双方から不渡届を提出するものとし、その届出時限は支払銀行につき交換日の翌日交換開始時刻まで、持出銀行につき交換日の翌々日交換開始時刻までであるが、持出銀行は不渡手形の代り金を受領しまたは買戻しの行なわれたことを認めたものにつきこの不渡届の所定の消印欄に押切印を押して届け出ることができ、この場合は不渡届出がなかったものとして加盟金融機関への通知は行なわないことと定められていることは、顕著な事実である。

この取扱いによれば不渡届に二種類の方法が存するが、いずれによるにせよ、本件では前記のように交換日の次取引日に被告東急から手形債務の提供があったのであるから、被告東京は直ちに持出銀行に対し不渡取消届の提出または消印欄に押切印を押しての不渡届の提出を要求するだけの時間的余裕を有していたのである。持出銀行において、被告東京からの右要求があってもなお右のような取扱いをしなかったと認められるような事実は存しない。

手形不渡にともなう取引停止処分が被処分者の信用に及ぼす深刻な影響を考慮すれば、手形所持人は満期後に支払いを受けたとき可能である限り右処分防止のため必要な措置をとるべきことは取引上の信義則の要求するところと解すべきである。

ところが被告東京は前記のように持出銀行に依頼して右処分を阻止することができたのでありかつそうすべきであったにもかかわらず、本件にあらわれた証拠によっても同被告がこの措置をとったとは認められない。よって同被告は、これを怠り原告をして右処分を受けるに至らしめたものであるから少くとも過失の責めあるを免れない。≪証拠省略≫によっても被告東京に過失ありとの認定を左右するに足りない。

六、以上の事実によれば、被告東急が約定の期限よりおくれて被告東京に手形金を支払ったという履行遅滞と、被告東京が持出銀行に不渡防止のため不渡取消届等を依頼すべきであるのに過失によりこれをしなかったという不法行為とにより、原告は取引停止処分を受けたというべきである。

よって被告らは各自原告がこれにより蒙った損害を賠償しなければならない。

七、取引停止処分を受けた者はその後三年間手形交換所加盟金融機関と当座勘定および貸出の取引を禁じられることは顕著な事実である。そして≪証拠省略≫によれば、原告は当時小料理屋を営んでいたが、取引名義が内妻小池葉子となっていた関係上、右処分の影響を受けず、その後原告名義の当座勘定を利用する機会を有せず処分後七か月近く経った昭和四二年三月末日たまたま株式会社大和銀行雪ヶ谷支店に当座取引のため立ち寄った際はじめて右処分のあった事実を知り、同年四月末開業予定の鮮魚商の開業資金を銀行等から調達できず個人の金融業者から高利をもって調達するのやむなきに至り信用を著しく傷つけられたことが認められる。従って原告はこの限りにおいて精神的苦痛を受けたというべく、右処分を受けた者がこのような苦痛を受けることは同じく金融取引を行なう被告らにおいて予見しうるところである。

被告東急が原告に代って右手形金を支払う旨約した以上、原告がその後被告東急の支払いの有無を確認しなかったとしても原告に過失ありとはいえない。

これらの事情を総合すれば、原告の受けた精神的苦痛に対する慰藉料は二〇万円をもって相当とする。

八、よって原告の請求は被告らに対し二〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日である主文記載の日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の各自支払いを求める限度で理由があり認容すべく、その余は失当として棄却すべきであるから、民事訴訟法九二条九三条一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 沖野威)

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